十文字峠 十文字峠から甲武信岳

栃本 関所
栃本

  荒川、千曲川、笛吹川、三つの河川の源流となっている甲武信岳は、 百名山のひとつでもあるから訪れる人の多い山であろう.この山の表玄関といえば、奥秩父を紹介した田部重治と木暮理太郎も辿っている笛吹川の東沢を遡行 していくものである.美しい滑で有名な沢を延々と遡行し、山頂に立ったときの達成感は格別のものだろう.深田久弥も、この東沢を遡って頂に立ったことが「笛吹川を遡って」に出てくる.
 しかし、現在では北の十文字峠から登るルートが最もよく利用されているようである.長野県側、千曲川の源流部の川上村から入り、十文字峠に登れば、このコース車道部分だけで距離を稼いでしまうから、峠の十文字小屋まで きわめて容易に到達できるようである.
 十文字峠は甚だしく不均等にできている.峠道の起点をどこに考えるのかによって違うだろうが、少なくとも、最後の集落を出てから、 長野側は一里しかない.一方、反対に荒川源流から辿るとなると、峠まで四里、約十六キロメートルの山中を歩きつづけなければならない.尾根上を延々と進んでいくから、いったん踏み入れたら途中で逃げ出すこともできないから、 利用するには、それ相応の体力も必要だ.
 したがって、甲武信岳に登ることを目的とする登山者はわざわざこんな遠回りはしていかないようである. しかし、長いだけに歩き通せば苦労しただけの達成感が得られるものである.甲武信岳を含めたこの山域が奥秩父とよばれているように、 荒川源流部の山々であるのだから、栃本に始まる秩父口からのかつての往還道を、私は歩いてみることにした.

歩道
いったん植林を過ぎると新緑の歩道が続いた.
一里観音
一里ごとには往還としてつかわれていた時代の観音像が残っている.
白泰山非難小屋
白泰山非難小屋
峠
十文字峠.
小屋
十文字小屋は雰囲気のいい山小屋であった.ただ、この日は満員で小屋のなかがあわただしかったは残念.
栃本から十文字峠に向かう
 栃本から十文字峠にいたる道は尾根上を延々と進んでいく、かつて往還道として使われていたものである.このような道では、谷面につくられた集落から 尾根上に出るまでは、等高線に垂直に登ることになるから、この部分の登りがきつくなる.
 栃本でバスを降りると、さっそく、関所跡すぐ隣に始まる車道を 歩き始めた.栃本集落は荒川の深谷左岸の斜面にある.車道はこの斜面につくられた畑の上まで続いていた.歩道に入ると植林中のさらに急な登りが続いている. 登り始めはいつでもつい急ぎすぎて息がきれる.まだ体も準備ができていないからだろう.両面神社を過ぎ、あずま家についたところで、早くも一息つくことになった.
 地図を広げる.わかっていることなのだけれども、まだ道は始まったばかりなんだから先はまだまだ長い.現在11時.夕方5時ころに小屋に着くためには、6時間でこの 距離を歩かなければならないだろう.だいたい一里あたり90分ということになる.歩く距離は四里だから16km.どの程度のペースで進んだらよいのだろうか.長丁場だ から無理に時間を縮めたところで途中で疲れはててしまたら大変なことになる.ペース配分には、いつになく慎重にならざるをえない.
 あずま家を出ると、しばらくの間傾斜はゆるくなり、林道に出た.すぐ向かいから再び急坂が始まったが、長くは続かずに、等高線と平行に進む尾根上の平坦 な道に変わった.ゆるい登りは続いても、もうきついほどではない.
 笹が茂りはじめ尾根直下に出たようである.やがて、最初の目印ともなる一里観音の前に出た. 時計をみれば、あずま屋を出てから一時間ほどが過ぎていた.ほぼ予定したとおりのペースできているようでひとまず安心する.少しでも先に進んでおきたいところだが、 どこかで昼食のための休憩は取らなければならないだろうから、ここで済ませることにした.
 登り始めから空の様子は良くない.ついに雷鳴まで聞こえてきた.これから尾根を歩いていくのだから少し心配が増えた.雨もぱらつき始めたけれど、雨天は予定済み であったから仕方ないだろう.雨具を着て歩き始める.
 次の目的地は、二里観音のある白泰山避難小屋である.歩きながら、次の観音像のことを考えていた.私が、今一里ごとに必要な時間を気に しているように、いにしえの旅人も、旅程の目安として、観音像を使っていたのかもしれない.こんな山中では、ほかに目印になるものはないのである から、予定を立てる上での大事なランドマークであるだろう.
 道はか細く原生林の中に続いている.東大実習林を示す標識が立っていた.このあたりの森が手つかずのまま残されている理由のひとつかもしれない. 尾根の北側に回り込み少し進んだ場所に非難小屋が現れた.立派な小屋が建てられているが、いったい誰が使うのだろうか.ここで泊まるのはあまりに早すぎる だろう.前日にここまで来ておいて翌日早立ちして奥秩父の山々の稜線を縦走するのもひとつの方法だろうか.
 大島亮吉、「山-随想」には、秩父の医者に見せるために熱病に罹った子供を背負って、川端下からこの十文字峠越えてきた男に遭遇し たことが書かれている.場所はこの白泰山山頂付近だ.大島は昭和3年に穂高で転落死しているのだから、これは大正時代あたりの出来事ではないだろうか. まだ峠は人々に利用されていたし、山間で生活することは変わらず厳しかったようだ.
 小屋のすぐ前の、のぞき岩に座って休んだが、霧で遠望はきかなかった.視界は霧が風に飛ばされた瞬間にだけ現れる山々の姿をやっと確認できる程度であった.  ひとまず雨はとおり去った感じだ.雨具を片付けることにした.深い谷の下を覗き込むと、あたりは一面新緑の海で本当に美しかった.奥秩父の山を散策した感慨き わまる瞬間であった.
 道は小屋からいったん急な下りになるが、そのあとは平坦な道が続いた.時々現れる道をふさいだ倒木の下を這うのが少し面倒に感じるくらいで、あとはまったく 快適な歩きが続く.赤沢山を巻いて、尾根の北側に入ると、鍾乳洞の看板が立っていた.ここから三里観音はすぐのはずである.容易な道であったから時間を稼い だつもりになっていたけれど、三里観音に着いてみれば75分かかっていた.ここで本日の旅程の7割は歩いたことになるから少し安心したが、時計は3時30分を示している.順調にいっても、これでは小屋に着くのは5時半ころになる のだから決して余裕はない.
 そして、三里観音から先がこのコース中でもっともきつく感じた.休憩を終えて歩き始めると、小さなピークをのり超える、急な登りが始まる.そろそろ、歩きつづけた疲 れも出てきはじめたから、登りになると一歩ごとに休みたくなるようなつらさである.
 ピークを超えると林道に接している.十文字峠に向かう道は、ここから少しの間、この廃道となって荒れ果ててしまった林道の上につけられていた.林道として使 われていただけに傾斜はゆるく、足は少し回復してきたのだが、林道が終わり再び登りになると、たいした傾斜ではないのに、また一歩一歩が重くなった感じである. 時間のこともますます気になりはじめたから、立ち止まり地図を開く頻度が上がってくる.
 四里観音はまだだいぶ先の感じがするから、さしあたっての目標となるポイントを 見つけだしたいのである.地図に載っている大山を今巻いているところにいるようだ.
 残りの距離をみれば、予定していた5時半に小屋に到着するのはもう無理なことが判断できた.この調子だと果たして6時でもつけるだろうか.この時期なら、まだ日の 暮れることもないから、少しくらい遅れてもまったくかまわないのであるが、疲れてきているだけに少しずつ弱気になっていく.
 今日はいつになく、調子がのらないようだ.頭の中もさっきから同じことを堂々めぐりさせている感じがする.自覚はなかったけれど、ここのところの疲れで、いつもほ ど歩けていないのかもしれない.そんな具合だから、進んでも進んでも次の観音はまだまだ遠そうに思えてしまうし、それより前にあるはずの非難小屋さえまだ現れない. 三里観音を出てからもう2時間ほど過ぎているのだから、まだ着かないのはおかしいと冷静さが失われてきたころ、非難小屋が見つかった.
 小屋は四里の観音よりまだかなり手前にある.先はまだ長いことも同時示している.思い切ってここで泊まってしまうか、もうひとがんばりして峠までいくか、決断をし なければならない状況にある.まずは腰をおろし地図を広げることにした.
 少し休めば気分は180度変わってしまうものである.まだ十分いけるだけの体力はあるのだからと急に積極的になった.念のためにライトを出しておくことにした. まだ登りは続いていたが、地図でみるかぎりはこれが今日最後の登りだ.そう考えれば気もずいぶん楽になった.
 無事念願の四里観音が林中に現れ、胸をなでおろした心境になる.残るは平坦な道だけのはずだから、小屋はもうすぐにでもあるようにさえ思えてくる. 四里観音のすぐ上では股の沢林道が合流してきた.地図のとおりであるというあたりまえのことがとてもうれしく感じられ、不安をまったく消し去る.気持ちはもうすでに小屋に ついているのだ.実際には、ここから薄暗くなり始めた林中の小道をたどっていき、林中に伝わってくる人声のひびきから小屋がすぐであるこ とを確信できるまでには、さらに20分が必要であった.
甲武信岳にのぼる 山行2日めは、十文字小屋を出発し、甲武信岳に登りました.こちらのページをごらんください.
訪れるにあたって
<地形図> 三峰、金峰山(5万分の1)
<交通機関>秩父鉄道三峰口から西武観光秩父湖行きに乗り、終点秩父湖で下車、ここで秩鉄バス川又線に乗り換え栃本で下車する.
<連絡先> 西武鉄道 Phone 0429-26-2221. 秩鉄バス.  秩父鉄道 Phone 0484-23-3313. 十文字小屋 Phone 0494-55-0639. 大滝村 Phone0494-55-0101.
<このあたりに関連した本> 山々の本 甲武信岳
所要時間の目安
秩父鉄道三峰口 >>35分(バス)>> 秩父湖 >>15分(バス)>> 栃本 >>25分>>あずま屋 >>80分>> 一里観音 >>80分>> 白帯山非難小屋 >>75分>> 三里観音 >>120分>> 四里観音非難小屋 >>5分>>四里観音>>1分>>股の沢林道合流>>20分>>十文字小屋



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