週末の散策 大菩薩峠

峠
大菩薩嶺
大菩薩嶺は、大菩薩峠の北に位置するピークで、介山荘から30分強の登り.山頂部は林に囲まれているが、南西の稜線は、笹に覆われた見通しのよい登りが続く. 写真は、親知らずの頭よりみた稜線の全貌.
 「大菩薩峠は江戸を西に距る三十里」は中里介山作「大菩薩峠」の書き出し、 東京の西方に位置するこの峠、かつては武州多摩川筋から甲州笛吹川筋に抜ける峠路であった.脇街道とはいえ関東平野と甲府盆 地を結んでいた青梅街道は海抜1900メートルもあるこの峠を超える.西に流れ落ちた水は笛吹川に合わさり、甲府盆地で西か ら流れてくる釜無川と合流して、駿河なる富士川となって駿河湾に注ぐ.
 山梨県は、この富士川流域を主とするが、郡内と呼ばれる相模川流域の大月・吉田と多摩川最奥部の小菅・丹波は水系が異なっている. 小菅や丹波へは奥多摩駅からバスも運行されていて、東京に住むものにとって山梨の村であるのは意外な感じさえするが、すでに奥多摩 湖の湖面もその一部は県境を越えて食い込んでいるから、多摩川筋では東京と山梨の境はいつのまにか越えてしまう.しかしその先に 2000メートル近い大菩薩の山々が今でも人々の往来を阻んでいる.
富士山
 富士の眺望は大菩薩峠の魅力の一つであるだろう.笹で覆われ視界を遮る樹林のない峠からは360度の視界を楽しむことができ、天気さえよければ富士山も見えている.  上日川峠から登る歩道からは、峠に着くまでは富士のある方角の展望は望めないのだが、途中三界庵に立ち寄れば富士山と対座できる.
 現在、青梅街道は、ほぼ多摩川に沿ってさかのぼり、その源流域のひとつ柳沢峠を越える.このルートが開削されたのは明冶11年、それまではこの大菩薩峠が使われていて、 旅人だけでなく、多摩川源流部の小菅、丹波といった山村に住む人々にとっては、塩山側から物資を運びこむ生活路として使っていたという.平野で育った私にとって、川は人々 の往来を支えるもの、生活圏の軸と考えていたから、奥地の山村、生活物資は川下から登っていくのが当然と考えていたのであるが、歩くことが基本であった昔、峠越えの行き来 もまたごく日常的なものであったようだ.
 現在の大菩薩峠、春秋のシーズンにはハイカーでにぎわう.私が塩山駅に初めて下りたのは、もうだいぶ以前、大学の友人たちと西沢渓谷を訪れたときのことだ.その時は、 まだ駅前が整備される前のことであるから、古い建物の中にバス乗場があったように憶えている.駅をおりバスターミナルを探すと、そこには道路にまではみ出して列を作る人だかり があって、それは大菩薩峠に向かう人々であった.
 バス停は建物の中にあったから、混み具合の記憶は誇張されて残っているのかもしれないが、初めて降りた駅、時代に取り残されたようにさえ感じた古いバスターミナル、 そこからは重々しいその名称をもつ峠へ向かう行楽地のような異様な集団と、この峠について私が得た最初の印象は鮮明であった.
 強く記憶に残ったこの人ごみを避けたいがためか、この峠に私がはじめて出かけていったのは雪の季節のことであった. 逆に、人が多そうなことは、雪道を登るのに安心感を与えてくれたからである.気軽にいける雪山として、友人たちとこの峠に出かけていった.
 さすがに予想に反して、そこにはあの人ごみは存在していなかったのはいうまでもない.初めて登る雪道ゆえに、日が暮れてしまってはと心細くなった一行は峠まで行かずに 下山した.再訪してみれば、そこはもう峠のほんの手前まで達していたことを知る.たいした雪でもなかったのに、とても峠につけそうに思えなかったのだ.
 塩山側の登山道は、バス停のある裂石という山間集落が始まりで、ここから林道を登っていくと、長兵衛山荘が建つ上日川峠に達する.集落からこの山荘まで、沢に沿うよう に一直線に登っていくのが、かつての道筋を辿る登山道だ.
 ハイキングでわざわざ歩道よりずいぶん大回りをしている長い林道を歩いていく人はいないと思うが、あるとき、私はその長さを体験することになった.残雪の林道をカンジキを つけてひとり下った.このとき、カンジキがあるから少しくらいの雪は心配ないし、急坂を下るより車道の方が容易だろうと考え歩きはじめてしまったのであるが、日暮れの早い冬の日の ことである.後悔と心細さに耐えられなくなってきたころ、薄暗いバス停にどうにかたどりついた.
 また、スキーを抱えて登った時は、この距離を一気に滑ってしまおうと考えたこともある.このときは、思っていたより容易ではないことにすぐ気づき、林道が登山道に接する場所を探し て歩道にもどり、再びカンジキに履き替えて下ることになった.思い出多い場所ゆえに、久しぶりに地図を開いて林道を確認してみると、この林道の隅々まで知っている気さえする.
 さて、長兵衛山荘から峠に向かい登山道を登っていくと、次の福ちゃん荘で唐松尾根の道がわかれ、さらにその先にある富士見山荘からは富士見新道が分かれる.いずれの 道も稜線まで導いてくれるが、峠に進む登山道を登っていくと、勝縁荘からはしばらく林中の登りとなる.それを終えると南側の見晴らしが得られ、天気がよければすばらしい眺望だ.
 冬にばかり、私はこの地を訪れていたから、このルート、雪の下には細い歩道があるものとばかり思っていたのであるが、そこには幅は細いながらも車道が峠まで続いていた. ゆるやかな歩道を登り詰めた先に、介山荘が建ち、そこが大菩薩峠である.

歩道 峠直下
峠の直下
峠
上日川峠に登っていく歩道. 大菩薩峠は笹に覆われた明るい峠.
歩道からの風景(塩山市) 樹林
登ってきた塩山市側を見下ろす.葉の完全に落ちてしまった樹林.
介山荘 大菩薩峠
峠直下の山小屋、介山荘
賽の河原 避難小屋
賽の河原丸太組の避難小屋.
大菩薩嶺 丸川荘からの歩道
大菩薩嶺.降った雪は氷ついていた.丸川峠からは夕暮れ時の歩道を裂石に向けて下った.

小菅から登る
ブナ
歩道脇の大ブナ.小菅からの大菩薩峠登山道は、自然林に囲まれたゆるい快適な登りが続く.
分岐
ノーメダワの分岐.
フルコンバ小屋跡
フルコンバ小屋跡で丹波からの歩道が合わさる.北側は開けていて、将監峠方面の眺望がある(下写真).
唐松尾方面
飛竜山、稜線の低まったところは将監峠、そしてこのあたりの最高峰である唐松尾の高いピークが確認できる.
小菅
峠に建つ介山荘の前では、奥多摩方面を眺望できる.間近の集落は小菅が見え、その先には奥多摩湖.背後の稜線は石尾根.
親知らずの頭
介山荘前から北に見えているのは、親知らずの頭と妙見の頭.大菩薩嶺への登山道は親不知に登っていく.
大菩薩嶺
大菩薩嶺山頂は木々に囲まれ視界はない.
妙見の頭
妙見の頭


大菩薩と富士
大菩薩と富士.雁峠から将監峠のページ.
白糸の滝 小菅から大菩薩峠



Information Links
地形図:大菩薩峠(1/2.5万).
丸山峠に行くのであれば柳沢峠(1/2.5万)が必要になる. 地図閲覧サービス 国土地理院
交通機関:JR塩山駅から大菩薩峠登山口行にのり、終点下車.
山梨交通山岳路線 バス時刻表
関連市町村のWeb
塩山市 小菅村
大菩薩観光協会
地図
Winter page 雪の大菩薩峠
雪積もる冬訪問した大菩薩峠はこちらで.
大菩薩 小菅から大菩薩峠
小菅村から登る大菩薩峠は、こちらのページ.
to Kosuge 小菅村林道歩き
小菅登山口まで林道を歩き、雄滝と白糸の滝を訪問した時の記録はこちらのページ
misc.
「大菩薩峠」という小説

 大菩薩峠といえば、中里介山の同名の長編小説があまりにも有名. 時代小説全盛の大正時代から昭和初期に書かれ、介山の死によって未完となった.
 映画も何回か作られている.
 6〇年に作られた三隅研次監督 で市川雷蔵が主演(机竜之助)の映画は、ついに(2004年9月)DVDが発売になる.大菩薩峠 DVD-BOX 市川雷蔵主演の大菩薩峠・竜神の巻・完結編がセットになったDVD BOX.
 57年から59年に製作された片岡千恵蔵主演(机竜之助)の の東映版は内田吐夢監督.先日(2004年5月)NHKの懐かし映画劇場でみることができた.
 ほかに、53年、渡辺邦男監督(主演は同じく片岡千恵蔵)、66年、岡本喜八監督(主演は仲代達也)がある.

 介山の生まれ故郷、羽村市の羽村市郷土博物館に 中里介山の世界という常設展示がある.

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